負けられないB型肝炎との戦い

自分が感染しているB型肝炎ウイルスとの共病ブログをメインに、 旅行や、これまでの経緯を投稿していきます。

最近お馴染みの旦那です。


自分は一度転職をしている。
大学院時代の就活に苦労して苦労して苦労して入社した会社を
あっさり捨てて転職をした。

理由は簡単。
そこで望みの仕事ができなくなったため。

もともと研究開発をするために入社したのだが、
まずは自社製品の製造現場を知るために研修で製造部に配属となった。

ここまでは既定路線というか、
自社製品を知らずに開発をするなんて確かに難しい話で、納得がいった。

ただその期間が問題。

まずは2年製造現場でと課長から話があった。。。

まぁいいだろう。

そして2年後。

自己申告シートみたいなものに【異動希望】と記載したのだが、
面談で、、、


課長『人が足りないの知っているだろ!』
  『戦力になってるからあと3年くらいはいてもらわないと。。。』


自分『ただ私は入社時に研究開発を希望して入社した』
   『2年製造現場という当初の予定をクリアしているので開発に異動したい。』


課長『気持ちはわかるが、3個上の〇〇もまだ頑張っているからもう少し頑張ってくれ!』


そう、、、先輩も異動できていない状況で、自分が異動できる可能性は低かった。
悔しいが、とりあえずはガマンして働く方向で考えた。


そんな時に課長からのアナウンスと社内アンケートが来た。 

内容は今後の研究開発について。

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現在行なっている研究開発を見直した結果、
別なアプローチで研究開発を行う方が会社にメリットがあるため、
研究開発部隊を解散し、今後の研究開発について新たに模索します。
そこで社員にも何か案があれば提案してほしい。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 


まずは研究開発部隊を解散ということに関して絶望したし、
何か案があればなんてなぜ社員に聞く。

生意気にもアンケートに、
市場調査して世の中に何が足りなく、
会社の技術力でできる製品はどんなものがあるかを、
研究開発部で議論する必要がある、と記載した。


その後1ヶ月経っても社内通知に出ることもなく、
このアンケートは無意味なものになった。

目標の部署も無くなったし、
このままこの会社に一生いても良いイメージは全くなかった。

そんなタイミングで大学院時代の先輩たちとの飲み会があり、
驚いたことに先輩の一人が転職をしていたのだ。
しかも業界最大手のメーカーに。

そうか。転職っていう方法もあるのか!
自分にも可能性があるかもしれない!


そう思って次の日に転職サイトに登録。
そこから転職活動を開始した。


人生は思い通りにならないことが多いし、
自分の力ではどうにもならないことも多い。

でもどうにもならなくても、何かしらの方法がある。
その時の自分にとっては転職という方法があった。

方法を見出すのは難しいことかもしれないけど、
死なない限り幸せになる可能性は大いにある!
(最近話題の本と似たような言葉だがw)


絶望からミラクルを!!!

今回も旦那の自分が投稿します。
というか今後は自分が投稿して行きます!!!

◇嫁との出会いについて◇
※嫁に対するノロけになっているから少し閲覧注意www

自分には将来の嫁探しに対してあるこだわりがあった。

同じ大学の人とは付き合わないこと!

意図としては大学生だと将来就職すると絶対長期的に遠距離恋愛になるし、
もし結婚となって寿退社し、一緒に暮らすとなった場合、
せっかく頑張って入った会社を辞めるという一人の人生を背負わなくてはいけない。 

そんな風に思っていてフリーターみたいな人を探すことを考えていた。


そんなこんなで大学2年のときに焼肉屋のバイトをスタートしたのだが、
最初の面接で店に行った時に、対応してくれたのが将来の嫁だった!

嫁はまったく覚えていないようだが、自分ははっきり覚えている。 
といってもそのときはお互いなんとも思っていなかった。
 
最初は2個上だったし今までに会ったことがなかったタイプの人だったから、
ただのバイトの仲間の一人だった。

あるときバイト仲間でカラオケに行った後からだんだん気になり始めた。
歌が上手いのと酔ってる姿とか少し可愛く見えてしまった。
しかも大学生じゃない!!!笑 

それから少し経ったときなんとかバイトの後に、ご飯に誘うことに成功!
そこからはぞっこんになってしまって何度もご飯に誘ったり、
うちに遊びにきて付き合う付き合わないとかの話にまでなったのだが、
自分には厄介なウイルスがついてきていた。。。 


◇B型肝炎キャリアの告白◇

これを乗り越えないと次には進まなかった。
要は付き合うとそれらしいことをするから、感染する可能性もある。
最悪な状況の場合、感染して死亡する可能性もある。

とりあえず伝えないとということで、再び食事に誘って伝えることに。

そもそもB型肝炎というワード自体を知らない可能性もあったので、
めちゃくちゃ緊張していたけど、わかりやすく説明しようとすると、

『あぁ〜B肝ね!』

って感じで知っている感じだった。

そう、嫁は退学してしまっていたが、医療系の専門学校に通っていた。
ということで知識はあったし、さらに抗体もできているとのこと。
※健康診断で確認済み!

抗体ができている=感染しないということはわかっていなかったので、
嫁に説明してもらって納得。
ということはそれらしいことをしても大丈夫ということが判明!

ホッとして後日告白して無事カップル誕生!!!

そんな出会いからもうすぐ10年経ちます。

大学を秋田に選択していなかったら嫁に会えてないし、
焼肉屋でバイトしていなかったら嫁に会えてないし、
変な固定観念で『大学生とは付き合わない!』とか考えていなかったら嫁に会えてないし、
嫁は嫁で専門学校を退学していなかったら自分に会えてないし。。。


ホントに人生ってどこで何があるかわからないっすね!!!
 

再び旦那の自分が投稿します!


高校の時は半年に1度しっかり血液検査をして、
次の週に結果を聞きに行って、真面目に経過観察をしていた。

まぁ親が連れてってくれたから半強制的だった。。。


大学は県外に出たかったから、
いろいろあって秋田の大学に進学することにした。

親から高校は私立高校に行ったんだから、
大学くらいは国立大学に行ってよねと言われてしぶしぶ僻地へw

首都圏に憧れがあって埼玉の大学行きたかったけど、
センターで失敗したからいけず、
栃木、茨城、群馬はいけるけど、
中途半端に関東に行くのはどうかという変な理由で東北に残ろうと思った。 


福島の大学は地元だから却下。
宮城の大学は学力的に入れるわけがなく却下。
山形の大学は兄貴が行っていた大学なので却下。
岩手の大学は苦手の物理が二次試験にあったので却下。
青森の大学は田舎すぎるから却下。

という消去法で秋田の大学に進学した。 


どうしてもいきたい大学がなかったからこんな理由で進学もありだった。

世の中には東京大学に行きたい!!!京都大学に行きたい!!!
医者になりたいから医学部に行きたい!!!
っていう強い願望がある人が多くいて、
その願望を叶える人はホントに心から尊敬する。


ただ自分も願望がないわけではなかった。
高校2年か3年くらいのときに受けた化学の授業で、
プラスチックの話が出ていた。
なぜか知らないけど、この分野の仕事に就いて
世の中のプラスチック製品に携わりたい!!!という願望はあった。

だから化学系の学科に行きたいという願望はあった。
ただ化学系の学科なんてピンからキリまであった。

そんな感じだから国立大学ならどこでもいいやっていう考えに至ってしまった。

”しまった”っていっても最終的には充実した大学生活を送れたし、
秋田に行かなければ嫁には出会えなかったから結果オーライ!!!


大学に進学すると、通院するよりも遊びたいという思いが先行したり、
大学病院に行った時に待たされた時間が長いとか、
症状ないしっていう理由で経過観察はしなかった。

結果論として全く症状がなかったし、
肝臓の数値も安定していたからよかったものの、
今考えれば一歩間違えれば肝がんになっていた可能性もある。。。

素人目線で若かったから悪化しなかったのかなって今では思う。


こんな感じで投稿を進めていこうと思います。

主張したいことはB型肝炎ウイルスは怖い!ってこと!
若い時はいいとしても年齢を重ねるごとに肝臓は労わるべき!


 

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