ラッセルブログ

自分が感染しているB型肝炎ウイルスとの共病ブログをメインに、 旅行や、これまでの経緯を投稿していきます。

事故直後から救急車に乗車

旦那が載っていた車は止まっていたので衝撃は相当なものだった。

止まっている車に対して追突したとしたら、

動いている車に追突した場合と比較すると前者のほうが相当衝撃は強い。

衝突した瞬間はあまりに大きな衝撃と、シートベルトの締め付けによる胸の痛みで

あまり覚えていないとのこと。



同僚も乗車していたが、あまり状況を理解していなかったので、

ものすごく動揺はしていた。



ただ同僚がいたことは不幸中の幸いで、

動揺しながらもいろいろ話しかけてくれた。

これが一人だったら本当に寂しかったと思う。



旦那は同僚に救急車を呼ぶように指示したところで相手の方がやってきた。

申し訳なさそうな態度で平謝りしてきたが、

旦那はこちらが救急車を呼んだ旨を伝え、警察を呼ぶことを指示した。



救急車と警察が来るまで、同僚には会社に連絡しといてもらい、

旦那は私に連絡していた。

私は電話を取る事ができなかったが、イヤな雰囲気は感じていた。

基本旦那は移動中に連絡してくることは稀で、

そのあとにラインすら入っていなかった。



しばらくして救急車がきたので車から降りようとしたところ、

左足のふくらはぎが動かない状態になっていた。。。

この時は現状どうなっているか把握する余裕もないので、

救急隊員に肩を持たれ、誘導されるがままに同僚と一緒に救急車に乗車した。



この時に旦那は過去の事故の経験から、

車の中にあった任意保険の電話番号の紙を持っていっていた。



救急車の後ろのドアから入車したが、

ドアが閉まる前に相手の方が再度平謝りに来たが、

ひたすら謝られたので逆に心配になったが、

こちらが何か言う前にドアが閉まって病院へ出発した。



病院

病院に行くまでの道中に救急隊員から現在の状況や、

事故の瞬間の様子を聞かれ、首や背中が熱くなってきたことや、

左足のふくらはぎの感覚がない事を伝えた。



旦那の聴取が終わり、同僚も同じような事を聞かれ、

首が痛くなってきた事を伝えていた。



お互いムチウチになっていた。

そりゃ10tトラックに突っ込まれてどこも痛くないなんてことはないよね。。。



病院に着いたら車椅子を用意してもらい、

レントゲンや、触診を受けた。

この時の診断結果は首、背中のムチウチと、

ぶつかった瞬間に踏ん張った時に力が入り過ぎて、

筋肉が痺れているだけでシップを貼っておけば治るとのこと。



同僚が同じ診察を受けている時に、

旦那は任意保険と私、上司に連絡をとっていた。



任意保険の人との電話では今回の事故は後ろからの追突なので、

相手の保険を使用して今後の治療を受けてくださいとのことと、

今後見舞金の請求や、相手の言い分に納得が行かなければ、ご連絡しなさいとのこと。



私との電話ではとりあえず無事である事を報告受けた。








 

B型肝炎訴訟を行うにあたり、

旦那の両親に血液検査を受けていただく必要がありました。

要は母子感染でB型感染ウイルスが感染したかを調べるためのものだと思います。



母の血液検査

旦那の母はブログで投稿した通り、C型肝炎ウイルスキャリアでした。

インターフェロン治療により、現在は完治していますが、

もしかしたらウイルスが復活する可能性もあるらしいので、

定期的に血液検査を行なっていました。

そのためいつも行なっている血液検査の項目にHBs抗原を

追加するだけなので、すぐにやってもらいました。

結果はもちろん陰性でした。

この結果が陽性であればもしかしたら旦那の母も申請していた可能性もありましたね。



父の血液検査

旦那の父はものすごく健康らしく、

今まで大病を患ったことはありませんでした。

ただ一度だけ入院した事がありますが、

それは東日本大震災の時の駆け込み需要の時でした。

自営業で下水道関係の仕事をしていたため、

付き合いのあった中堅ハウスメーカーから依頼を受けた仕事を

すべて引き受けてしまったのです。 


その結果、大地震があった3.11から不休で5カ月連続で仕事をしていたら過労で倒れてしまった。

その時は無事復活し、仕事の仕方も変えたみたいで高齢者でもバリバリ働いています。



話は逸れてしまったが、旦那の父は血液検査はしばらくやった事がなかったらしく、

数年前に献血した以来、血液を抜かれることはなかったみたい。 

そんな中、旦那の兄が訴訟をする際にも父の血液のデータが必要だった。

最初は『面倒臭い』、『仕事が忙しいから行きたくない』とのこと。

確かに血液検査はわざわざ仕事を休んで病院に行って、

血液を抜かれて検査待ちをし、一週間後に結果を聞きにいかなければならなく、

大変面倒な作業なのです。



そこで兄が考えたのが【馬にニンジン作戦】

旦那の兄と旦那の給付金をもらったら3万円ずつ渡す事を約束するした。

それを伝えたらすんなりOK!

旦那と旦那の兄は父親の買収に成功したのだw

すぐに血液検査に行ってくれて、結果はこちらももちろん陰性



まずは旦那の両親の血液検査のデータは無事入手する事ができた。

今思えば両親にB型肝炎に関する資料を渡した後は、

両親に丸投げするだけなので、自分が動くことはあまりないので楽な作業だった。

最初はここが最難関だと思っていたが、

並行で進めていた情報収集作業の方が相当大変だった。

それは旦那の今までの血液検査のデータ収集が1番大変だったのだが、

これはまた今度投稿しようと思います。




 

今回からは3回目の交通事故について投稿しますが、

この事故が旦那史上1番の衝撃があったそうです。



交通事故までの経緯


去年の4月初旬に子会社に出向になり、

県外への引越しをしなければいけなくなりました。



旦那の上司と部下、一人ずつ一緒に 子会社への出向になり、

元いた部署のひとつのグループごと異動することになったので、

仕事で使用していた装置も一緒に引越しをしました。 



大きな装置は業者に依頼したのですが、

小物は子会社の社有車を使って移動しました。

要は経費削減のひとつです。

約150kmの長距離運転になるため、

旦那は上司に断固として拒否の姿勢でいたのですが、

聞く耳を持ってくれる上司はいなく、

旦那と部下のふたりで小物の引越しをせざるをえません。

まぁ業者に頼んでいれば滞りなく引っ越しも終わっていただろうし、

上司は労災にするかしないかとかいろいろ書類を作る手間が増えるとか

面倒なことをしなくて済んだのですがね。。。




事故当日

当日はあいにくの雨予報の日で、予報通りの大雨。。。

朝5時くらいに家を出て、会社で部下と合流後、社有車で元いた部署へ。


大雨のため安全運転で行ったらしいのでかなり時間がかかったらしいが、

行きは無事到着したのだが、道中の雨はヒドすぎたらしく、

冠水していた場所もチラホラ。

休みもなく直行したため2時間半くらいで到着する事が出来た。

到着後、休む間も無く梱包、積み込みを行い、ヘトヘトのまま帰ろうとした。



15時くらいに元の部署を出発したとして、ご飯をたべてゆっくり帰ったとしても

18時半くらいには帰れるだろうなと思っていた。



高速に乗ってしばらく経ったところのサービスエリアでご飯を食べることに。

昼ご飯もろくに食べず、ほぼ休まず仕事をしていたのでお腹がペコペコ。

サービスエリアにあった鉄板焼きそばの店に一目惚れしてしまい、

オム焼きそばを頼み、さらにプラス200円くらいで唐揚げ丼も付きますよという

よくあるセットも頼んでしまい、お腹が満腹。。。

眠くなる事を想定してコーヒーを買って運転再開。。。



事故の瞬間

これまでの話しの流れなら満腹になった旦那が運転中に居眠り運転をして・・・

という流れになるが、現実は違かった。



サービスエリアを出て少し進んだところで渋滞にハマってしまい、

前方の車がゆっくり走っていて、ブレーキランプ、ハザードもついていなかったので、

少し急ブレーキ気味になったものの、ぶつかる事なく停車した。

そのあと間もなくして、10tトラックに衝突されました。


衝撃後の旦那と同僚の様子はまた今度。。。





 

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